2010年6月15日(火曜日)[ たばこ病のない世界を・・・ ]

【第5回】裁判権のすごさ

(1) 裁判権のすごさ

1人では、また個人的には相手にもされない国やJTを法廷という社会的公的ステージに呼び出す裁判権。国民が被害にあった場合、公私を問わず裁判所に訴えて損害賠償などを求められる権利ですから、大切な基本的人権だと実感しました。

(2)攻勢的な法廷へ

社会的力の差は歴然でも、法廷での扱いは対等です。
私たちは提訴と判決日を除く20回を超える口頭弁論で、毎回弁護団長を中心に陳述を行ない、傍聴者にも良く分かる国・JTの非道さを明らかにしました。
相手方は文書提出だけで済ますことが多く、討論、対話、いわゆる口頭弁論という理想とは違いました。私たち原告も数回陳述の機会を得、思うところを述べることができました。

(3)広がる支援

僕は今24回目の入院、4度目の気胸の治療中です。この裁判の原告の2人は既に肺気腫が重く、3人揃って原告団としてビラ配りや要請ができない状況でした。

AP通信は、僕らの闘いを小魚対クジラと表現。それでも裁判闘争が進められたのは、中核の仲間が事務局を担い、出入り自由の個人応援団ができたからです。横浜市従は、支援決議はしていませんが、会場やニュース、裁判がある日の人的支援などで理解・応援の人が増え、学習運動団体の労働者学習協会からもご支援をいただいています。

5年間の闘いは、苦闘してきた嫌煙運動やその活動家、弁護団、応援団との支援・交流の場を広げ、固い結びつきで支えられました。小魚の僕らがクジラにも見える存在になりました。

(4)国家権力の黒い動き

この裁判は僕らが攻勢を続けました。最終段階で、最高裁は人事権を悪用して裁判官を異動させ、類似の東京裁判で国、JTを勝訴させた裁判官を送り込みました。支援者の中では「判決は勝てないとしても、これで我々の勝ちが証明されましたね」との声もありました。私は「こんなことがあっていいものか。これほど患者原告の訴えを踏みつけるやり方を国民は許さない!」と確信しました。

最高裁は「必勝の手配りが、失敗の種まきだった」と深く反省し、国民に詫びるまで闘うのが主権者であり原告としての務めだと信じたわけです。絶望と怒りはあっても、これは本人が叫ばなければ誰にもわかりません。

最高裁と横浜地裁への抗議申し入れ文書を禁煙ジャーナルの渡辺文学編集長が最高裁に直接手渡し、横浜地裁へは配達証明で送りました。連名者の中には禁煙学会の作田理事長なども加わり、力強いものでした。記者会見では、日本のマスコミの対応はほとんどなく、結審の際、AP通信の取材があり、原告に寄り添った記事を全世界に配信、1000社以上が掲載、ジャパンタイムズも掲載しました。

「横浜市従」第1250号(2010年6月15日付)より

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