2010年8月6日(金曜日)[ たばこ病のない世界を・・・ ]

【第6回】巡りあい(1)

横浜市従は、松川事件、メーデー事件などの冤罪事件にも歴史的にかかわってきました。私も立場上、労働者の不当解雇事件の支援にもかかわりました。労働者が権力の弾圧で不当に犯罪者にされ、その人権、いやその人生さえも奪われてきたことは、枚挙にいとまがありません。

かつて横浜市でも、レッドパージで88人が裁判もなく、有無を言わせず職場を追われました。

その人権を守るべく、現在の自由法曹団が発展してきました。市従の顧問弁護士である横浜合同法律事務所は、市内最大級の弁護士事務所で、そういう運動の拠点をなすところです。

私は伊佐山芳郎弁護士の『日本たばこ戦争』(岩波新書)を読むまで、タバコ被害と闘う弁護団の存在を知りませんでした。

タバコ病の患者は、肺がん・肺気腫など原告として闘う体力、資金両面の困難をかかえ、家族もまた闘う意欲を持てません。

その状況で、患者を支え、家族に配慮し、ボランティアでタバコの害を無くすための裁判の弁護にあたる正義感と高い知見をもった弁護士集団がいることに驚きました。ほかにも、医師、歯科医師、たばこ問題情報センターなど嫌煙運動、禁煙運動にたずさわる人々に巡りあいました。

弁護団と相談したのは、禁煙して7年後でした。僕は現役を引退していましたが、当時助役の中島善行さんがお見舞いに来られたとき、病院で陳述書の原案作りに取り組んでいました。

三枝基行弁護士が中島助役に「たばこはやめなきゃダメですよ」とズケズケ話していました(実は中島さんもそのころ喫煙していたので)。2001年8月15敗戦記念日のことでした。だいぶ待たせた上でのことなので、忘れられません。

その後、陳述書のひながたにそって書き直しをしました。恥ずかしいことに、書き直すたびに気にいらず、一方では、問題意識が深まり、また直すという繰り返しでした。

酸素不足の脳は一度ではまともな文章が書けません。我ながら情けなく、何度も泣きながら書いていました。つきつめ、深め、わかりやすく表現できないのです。何十回と改めて、それなりの陳述書がまとまりました。そのせつは山口紀洋弁護士、千勝法律事務所の姉川事務長のお手をわずらわせました。

横浜地裁での口頭弁論は22回。その全てに片山律弁護団長が陳述を行いました。タバコ病の証明、依存症の論証。更に国、JTの憲法違反、国民の命を犠牲にする販売事業の反国民性を鋭く追求。全ての陳述のあと、傍聴席から拍手がおこりました。聞いていて納得、共感できたからです。

7月14日、東京高裁でのたばこ病裁判には、入院中のため行けなかったのが残念です。

「横浜市従」第1252号(2010年7月15日・8月1日付合併号)より

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