2010年9月15日(水曜日)[ コラム「しじゅう」 ]

いざというときの助け合い考

大阪のマンションで、幼い2つの生命が無残にも亡くなった事件は記憶に新しい。その少し前には全国で高齢者の行方不明事件が次々と報道されていた。その前には、家族同士の悲惨な殺人・殺傷事件、挙句に自分の家を放火するなど背筋の寒くなるニュースが続いていた。

児童虐待については、私の職場(こども青少年局中央児童相談所)がまさにその最前線であり、ひとたび通報が入れば緊張が走る。

1日24時間、年中無休の体制で最善の対応をたえず考えながら緊張の連続である。

全国で、このような身近な家族や地域を舞台にした事件や事故が相次いで起きているのだが、ただの偶然とばかりは言えないような気がしている。

最近の傾向として隣り付き合いのわずらわしさからマンションに住む人も多いと聞く。しかもセキュリティ重視のオートロックのマンションもよく見かける。

保育園や学校では、個人情報保護のためとクラス名簿も作成しないそうである。

こうした事件の背景に孤立、孤独、そして…互いの無関心があるのではないだろうか。経済的にも、精神的にも余裕がないのかもしれない。互いに手を結ぶのは面倒くさい部分もあろう。

たしかに必要以上にしつこいお節介は、もちろんうんざりだとしても、いざというときの助け合い、もたれ合いを可能にしている共同意識は本当に無用なのだろうか。

こうした意識の大切さ、尊さは阪神淡路大震災や中越地震などでもがぜん注目されていたはずである。

「向こう三軒両隣り」とか「遠い親戚より近くの他人」の復権を願うばかりである。

「横浜市従」第1254号(2010年9月15日付)より

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