2010年10月11日(月曜日)[ トピックス ]

2010年横浜市非核兵器平和都市宣言市民のつどい

10月9日(土)、今年で7回目を迎えた「横浜市非核兵器平和都市宣言市民のつどい」が、冷たい秋雨に煙る市従会館4階ホールで開かれました。

まず、呼びかけ人の1人で明治学院大学教授(元国際平和研究所長)の勝俣誠さんの開会のあいさつと「核兵器のない世界を」と題した講演を皮きりに、プログラムが進められました。

2番手は、被爆地である長崎市が生み出した6人の「高校生平和大使」のうち、唯一神奈川県出身者である県立厚木高校3年生の諸星さん。残念ながら、当日は学校の行事で欠席。高校生平和大使神奈川事務局の飯川氏が代理で報告しました。

諸星さんたち高校生が、月に1度桜木町駅前広場で国連に持っていく1万人署名をしていることを聞き、若さに脱帽しました。もし、署名活動をしている彼女たちを見かけたら、署名と励ましの言葉をかけてください。こんなことをして何になるのだ、という心ない人からの問いかけに、「微力だけれど無力ではない!」と反論しているそうです。頼もしい限りです。

国連軍縮本部では、毎年持参してくれる署名が、職員の励みになるといって、わざわざ展示用のケースを作って、展示してくれています(永久保存ですぞ!)。平和問題で及び腰の日本政府との対応の違いに驚かされました。

3番手は、広島の爆新地で被爆したアオギリ2世を大学の花壇に植樹した神奈川大学の4人の乙女の登場です。当日は学長も進んで参加してくれ、秋葉広島市長の「みなさんの手で育て、平和の尊さを伝えてほしい」というメッセージを読み上げ無事植樹が終了しました。学生たちは、被爆者の声を聞く最後の年代として」広島で開かれたPEACE NOWに参加して、被爆者と語らい、また、話を聞いてきたとのことです。

4番手も若者の登場です。明治学院大学の女性1人と男性2人の3人組です。今年ニューヨークで開かれたNPTに参加し、署名を国連に届けました。今取り組んでいるのが、すべての国会議員に送付した「日印原子力協定に関する緊急国会議員意識調査」で、11月中にまとめたいと意欲を述べていたのが印象的でした。

5番目は、被爆体験を絵に描いて子供たちに伝えている佐藤良生さんで、支部の9条の会で講演していただいた方です。いつまでも元気に、語り部としてご活躍ください。

休憩後は、12歳で白血病を発症して短い一生を終えた佐々木禎子さんの甥にあたる、シンガーソングライターの佐々木祐滋さんの歌とお話です。佐々木禎子さんは、「原爆の子の像」のモデルとして知られていますが、肉親から聞いた彼女の闘病生活は涙を誘うもので、被爆さえしなければ穏やかな一生を送ったのにと、核兵器のむごさを痛感し、怒りでいっぱいでした。

最後に。アムネスティー・インターナショナルの藤田さんにより「非核兵器平和都市横浜への提言」がなされ、了承の後、閉会のあいさつで無事終了しました。

「横浜市従」第1256号(2010年10月15付)より

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