2010年11月15日(月曜日)[ たばこ病のない世界を・・・ ]

【第9回】東京高裁での新たな闘い(2)

今回は私も10分ほど陳述を行うことができました。気胸の癒着療法の後、肺機能はとみに後退し、息苦しい上に痰が詰まって声が出ない状況となりました。この肺気腫末期患者の苦しみを訴えました。裁判所で実際に患者の姿を見てもらえば、裁判官の心証が全然違います。私と同じような苦しみの末に亡くなった森下原告を始め、多くの患者仲間が苦しい息のもとでギリギリの闘病を続けてきたこと。家族や友人を残して死んでいく運命となった悔恨、切なさ、くやしさなどの思いを述べました。

タバコ会社のごまかしと、人の命を奪う有害性がはっきりした今でも、平然とたばこを売る姿勢を悪魔と断じました。政府は深く今までのたばこ政策を反省すべきです。

私がタバコを吸い始めた15歳のオートバイ組立工のころ「今日も元気だ たばこがうまい」と専売公社は宣伝していました。もうそんな時代は終りましたが、そのころ喫煙者は男性の8割を越えており、当たり前のようにたばこを吸い始めた国民が、今、大量に肺がん、肺気腫などのタバコ病に苦しんでいることを強調しました。

この4月、敬愛する井上ひさしさんが肺がんで亡くなりました。彼の死を惜しみ、新聞・テレビはさまざまな追悼記事を載せましたが、タバコによる肺がんと指摘あるいはその可能性が大きいと警鐘するものはありませんでした。彼は、知る人ぞ知るヘビースモーカーだった、のにです。

毎年かけがいの無い20万人が望まない死に追いやられ、「知の巨人」「天才的才能」といわれる多くの人がタバコ依存症で、タバコに取り付かれ、早死しています。まさに国民的損失です。裁判所がタバコ病問題で人間の命と健康を守ることを第一義とした判断をされるように求めました。

タバコの有害性が放置された歴史は長く、とりわけ日本では歴史的、社会的、政策的検討が必要です。この不当で恐るべき時代を早く終わらせ、タバコとタバコ病のない世界を目指して前進したいと思います。

タバコ病に限りませんが、呼吸器が危機に陥ったとき、起死回生をかけてノド奥に挿菅される「人工呼吸器の体験“詩”」を紹介します。誰もこのような苦しみを味あわないことを願って。

人工呼吸器から戻って(入院4か月半、自宅療養4週間、なお息苦しい日々の中で)
「希望は失っていません」ということばはあっても、「なおります」とはいってもらえない
人工呼吸器が挿管された9日間。
本人は意識も遠のいて何の記憶もないが
家族は泣いていた。友は反応のない手を握って密かに別れを告げていた。
肺気腫の上に喘息で3度目の重発作 2度あることは3度あるというのか。

「横浜市従」第1258号(2010年11月15付)より

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