2010年11月15日(月曜日)[ I LOVE 憲法 ]

私たちの生活は保障されているだろうか

「憲法の中で最も重要と考える条文を選び、説明せよ」という社会科の宿題をしていた中学生の私に、父が「第25条だ」と諭した。 「生存権」は自助努力でなく、国の責任において保障されなくてはならないというのが、法学部卒の父が以降も繰り返す、子への講義である。

私が横浜市に入庁した時、引っ越しの手伝いに来てくれた父は、同じ話をした。それゆえ、私は生活保護という生存権保障を担当していることを誇りに思っている。

ところで先日、高卒の仲間が「あまりにも安い」と憤りながら給与明細を見せてくれた。本市の高卒初任給の月例給は、社会保険料、所得税、労働組合費などを除いた手取りで、15万円を下回る(住居手当含む)。これは本市の単身18歳の生活保護水準(勤労控除の内、基礎控除と新規就労控除を算定)に比べ約3万円低い。

そこで、この秋、青年部は市長に宛てた独自要求書で、高卒初任給をまともに暮らせる水準まで大幅に引き上げることを求めた。

さて、生活保護といえば、その支給基準が憲法第25条の規定する生存権には及ばないとして、違憲性を問うた「朝日訴訟」の一審判決から今年でちょうど50年。判決には「最低限度の水準は決して予算の有無によって決定されるものではなく、むしろこれを指導支配すべきものである」という一節がある。

先の要求に、当局からは今のところ「厳しい財政状況云々」という常套句しか聞かれない。いい加減「財政状況」を口実にするのはやめて、まともに暮らせるだけの賃金を支払うべきだ。職員にさえ健康で文化的な最低限度の生活を保障していない自治体を住民が信頼するだろうか。

「横浜市従」第1258号(2010年11月15付)より

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