2011年3月1日(火曜日)[ コラム「しじゅう」 ]

国際女性デー101周年

3月8日は国際女性デー。昔は「国際婦人デー」と言ったっけ。20世紀の初頭、女性の選挙権もほとんどの国になかった時代。アメリカで「パンをよこせ、参政権を与えよ」とデモや集会がもたれるようになり、1910年クララツェトキンらは、アメリカの女性デーの経験を国際的に広げようと提案して、国際女性デーが創設された。

翌年にはドイツ、オーストラリア、デンマーク、スイスでも開かれ、広がっていったが、14年の第1次世界大戦で開催困難に。17年、ロシアの女性が「戦争反対、夫や息子を返せ、パンと燃料を」とデモを行い、このたたかいがロシア革命の序曲となって、21年に3月8日を「国際女性デー」と決めました。そして、第2次世界大戦中にはファシズムに勝利するため、強制収容所の女性たちの中でも取り組まれたと。

一方、日本最初の女性デーは23年、神田青年会館が超満員になったものの、厳しい弾圧の下40分で解散させられ、32年の集会を最後に公然とは開けなくなったといいます。

敗戦後初の女性デーは、47年3月9日に皇居前広場で開催。1か月後の4月10日の総選挙で女性たちは初めて選挙権を行使したのです。憲法が公布され、49年の集会には15000人が参加しましたが、50年の朝鮮戦争から屋外集会の禁止に。安保条約締結、ビキニ環礁での第5福竜丸の被爆から原水禁運動を経て、55年の世界母親大会へとつながります。

その後75年は国際女性年とされ、77年には国連デーの位置づけとなって、アジアやアフリカにもひろがっていき、79年に女性差別撤廃条約が作られたことが大きな力でした。

たびたびの戦争で苦難に合いながらも、平和を守る運動とともに女性の運動は広がりました。この100年のたたかいで平和・平等・女性の人権確立の取り組みは地球上に広がりました。

それでも、日本ではいまだに女性差別や日本軍「慰安婦」問題が解決されておらず、国連から批判と勧告を受けています。

この全地球上も、もっともっと広げて、戦争や差別・貧困という言葉を知らない世代が生まれてくるようにしたいものです。

ミモザの花が咲き誇るこの季節3月がまた訪れました。今年も国際女性デーは市従でも、神奈川県内でも、日本で世界で開催されます。ぜひ、女性はもちろん、一緒に男性も参加しませんか。

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