2011年6月15日(水曜日)[ I LOVE 憲法 ]

震災から感じた憲法

東日本大震災から3か月。いまだに多くの被災者の方々が避難所で生活しています。テレビの報道でガラ空きの仮設住宅が映し出されていました。なぜ仮設住宅へ移らないのか? それは仮設へ移れば避難所で受けていた食糧の調達がストップし、光熱費等の支払いが発生、更に買い出しは離れた場所にしか店がなく、車で行きたいがかかる燃料代が1か月に数万円。移ることで逆に生活が困難になってしまうという実情がありました。

憲法25条には、すべて国民は、健康的で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2.国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。13条には、すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。とありますが、何%行使されているでしょうか。

個人の尊重はどこへやら、 与党は自分たちの保身に一生懸命に見える。復興策は机上の論議ばかりで遅々として進んでいません。ある閣僚が被災漁港へ訪れた際「早く復興を」との漁民の訴えに「何しろ広範囲過ぎて…まぁ後は皆さん何とか頑張ってくれたまえ」と言い放ち、数分で現地から去る姿を見送る漁民の方々はやるせない表情で肩を落としていました。つい10日程前の報道です。

震災後、『思いやり予算』は出している政府。今、自国の国民の救済を第一にやらずして何をするのか。増税は被災者のお財布をも直撃してしまう、大企業の減税をやめるなど手立ては他にもあろうに、と虚しさにも似た気持ちが湧いてきます。

この機会に憲法に関する本に触れてみました。マッカーサーの提案から始まった憲法ですが、決して「押しつけられた」ものではなく、国儀の中で激しい議論を闘わせ、独自の肉付けも行なって出来上ったことが分かりました。政府の独裁を押え、国民を守ることが憲法の理念の基本、改憲の意図を知り1人ひとりが国のあり方を真剣に考えていかなくてはいけない時期にきているのではないかと思いました。痛みに耐え過ぎて感覚が麻痺してしまわないうちに。

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