2012年2月15日(水曜日)[ たばこ病のない世界を・・・ ]

【第20回】陳述書から(上)

(2011年12月26日)

本紙前号(1294号)に、“「たばこ病」控訴審が結審”の記事を載せていただきました。陳述書全文掲載は紙面の都合上無理なので重複しない概要をご紹介します。

前段では、発症から提訴に至る経緯や55歳から69歳の14年間で、神奈川県立循環器呼吸器病センターに入院すること26回、左大腿部頸部骨折で済生会若草病院に入院、白内障と帯状疱疹での横浜南共済病院の入院を加えると29回、我ながら呆れています。

また、家族への負担や日常生活の破壊等を陳述させていただきました。
肺気腫COPD患者は、みな共通して現在も闘病生活に苦しんでいます。病気の果ては“窒息”です。“呼吸不全”という専門用語では実感がわきません。

横浜地裁判決の決定的な誤りと控訴の必要性・必然性について、原告の心情を含めて申し上げます。禁煙した93年当時、これから体調も良くなるだろうと期待しており、裁判自体考えてもいなかったわけです。

その後12年を経て05年、ついに肺気腫COPDの苦しみに耐えかねて訴えたわけですから、05年時点までが審議の対象となってしかるべきです。

64年アメリカ公衆衛生総官のタバコ喫煙と肺癌・肺気腫の因果関係の公表について、当時の厚生省も専売公社も翻訳しており、その事実を承知していたのです。

今回、何故このような判決ともいえない判決、裁判ともいえない裁判が行われたのか、原告のもっとも憤るところです。

私は今の最高裁人事による裁判官養成人事政策を見ないわけにはいきません。08年4月、最高裁人事異動に注目していました。

三木勇次裁判長は静岡地裁に、右陪席の裁判官は知財高裁へ異動となり、私たちの先輩が類似した訴訟内容で闘った裁判で原告を敗訴せしめた水野邦夫氏(当時右陪席)が裁判長に、最高裁で我々の先輩を門前払いに仕組んだ宮坂昌利調査官が右陪席になりました。横浜地裁民事部の第五民事部に配置され、タバコ裁判担当となりました。送り出し側の最高裁と受け入れ側の横浜地裁が一体となってこの人事を強行したとしか思えませんでした。

私は横浜地裁の判決がいかに頭の良い裁判官によって最終審議を迎えたか実感しましたが、これは国民のために知恵を絞るのではなく、最高裁・国・JTの意向に沿うため考え抜かれた作戦、あえていえばトリックだったと思います。私たちは横浜地裁判決を認めることはできません。

主権者は国民です。基本的人権の名において、私たちの控訴の必要性・必然性があると思うのです。

まず第1に、裁判といえない一審の審理を見直して、原告の訴えを聞き、救うべきところは救っていただきたい。

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