2007年10月1日(月曜日)[ コラム「しじゅう」 ]

パフォーマンス政治の終焉

 9月12日の昼過ぎ、安倍首相は突然の辞任を発表した。もう長くは持たないだろうとは思っていたが、なんでこの時期にという疑問は誰もが感じたと思う。文字通りの政権丸投げで、無責任の極みという表現がぴったりな辞任劇だった。

 小泉前首相の時代から、テレビを中心としたマスコミをいかに味方につけるか、どうしたら大衆受けするかといった視点での政治家のパフォーマンスが大きな幅を占めてきていた。安倍さんもカメラ目線や、官邸に入るときの手の上げ方などでプロの指導を受けていたようだ。どうしたらかっこよく国民に映るかと腐心していた1年間の彼の苦労も水泡と帰し、おまけにストレス負けして入院してしまった。彼の敗北の原因は 国民が彼の本質をしっかりと見極めてしまい、その結論を参議院選挙で明確に示したというところにあるのであって、パフォーマンス不足だったわけではないのは明確だ。

 翻って某市のパフォーマンス市長はどうか。圧勝して2期目に入ったわけだが、彼の打ち出す政策と市民生活との矛盾が拡大しつつあるようだ。市営バスの路線廃止問題では町内会を巻き込んだ反対運動も起きたし、現在あり方懇談会で論議中の敬老パス問題では老人会の代表が異を唱えている。ゴミの回収数問題や罰金問題でも今後論議が起きるのではないか。救急車出動のコールトリアージ問題でも論議が起こることは必至だろう。市民的論議は多いに歓迎されてしかるべきだが、問題はいずれも経費の削減と市民の負担増が一体となっていることだ。日産の本社誘致には巨額の税金を投入したり、市庁舎耐震工事を始める一方で新庁舎建設をぶち上げたりしながらの負担増はいかがなものかと思わざるを得ない。彼のパフォーマンス政治もそろそろ市民的に本質が明らかになって良い時期だし、そのための努力も続けていきたいと思う初秋のこの頃である。

「横浜市従」第1192号(2007年10月1日)より

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