第47回「まんげつのよるまでまちなさい」
この春、連載3年目になりました。
無尽蔵な絵本の中から1冊を選ぶのはワクワクする「作業」です。が、毎回担当者を焦らせ、悩ませながらウンウン唸って書いています。
手元のもので間に合わなくなると、書店や図書館へ出掛けます。行けば、つい時の経つのを忘れて長居をしてしまいます。
そんなある日、書店でのこと。「早くしなさい」という声が聞こえてきました。振り返ると、若いお母さんが4歳くらいかしら、絵本を選んでいるおんなの子に向かってのひと言でした。あれこれ迷っている様子の子どもは、一層困った表情になりました。
「早くしなさい」という言葉は保育士だった頃、日に何度も耳にしました。お母さんたちから、保育士たちから。急いでいなくても、本当なら待てなくはなくても、つい口にしがちなひと言です。
きょうの絵本はそうではなくて、はやる子どもに「まだよ」「待って」と言い続けるお母さんのお話にしました。
ある月のない暗い晩のこと。「夜」を見たことのないアライグマの子どもが外へ出たい、とお母さんに言います。
けれど、お母さんの答えは「いまはだめ。まんげつになるまで まちなさい」
耳を澄ますと聞こえてくる夜の音に、想像を膨らませるぼうやは毎日「よるをみたい」と訴えます。
お母さんはしずかに語ったり歌ったりしながら「夜」の様々な表情を聴かせます。
待つあいだに、ぼうやはからだも大きくなり、考える力もついてきます。
そしてある日、きっぱりと「いいかい、かあさん。よるをみに もりへ行ってくる」とぼうや。もう「まちなさい」とは言わず「そう、きょうは まんげつよ」とかあさん。
「ゆとり教育」は見直しを迫られ、おとなも、こなしきれない仕事を抱えた今の日本は、どんどん歪んでいってしまう気がします。
ゆっくり子どもの成長を見守り、その時が来たことを悟れる親が増えて欲しいですね。
しずかな展開のこのお話は「おやすみなさいのほん」などブラウンの絵本に共通し、鉛筆1本で表現してしまうウイリアムの絵の確かさは「しろいうさぎとくろいうさぎ」でご存じですね。
「横浜市従」第1206号(2008年5月15日)より





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