2014年3月3日(月曜日)[ トピックス ]

「被爆船員が当時の体験語る」被災60年ビキニデー集会

1367-3 アメリカが太平洋・ビキニ環礁で行った水爆実験で被災し、半年後に亡くなった第五福竜丸の無線長、久保山愛吉さんを悼む墓参行進が3月1日、静岡県焼津市内で行われました。

実験で多くの日本漁船と近くのマーシャル諸島住民が被災し、3月1日をビキニデーとして、焼津市を中心に墓前祭や集会が行われています。今年は60周年ということや、福島原発事故から3年ということで例年より参加者が多く、横浜市従から3名が参加してきました。
集会は、前日の2月28日から、日本原水協の主催で、静岡グランシップ中ホールで全体集会後、8つの分科会が開催され、第1分科会の2015年の核不拡散条約再検討会議に向け、署名や運動をどう広げるかに参加してきました。

1日、午前は、被災60年2014年3・1ビキニデー静岡県実行委員会と日本宗教者平和協議会の主催による「故久保山愛吉氏墓参行進」が行われ、2000人が焼津駅から弘徳院(同市浜当目)まで行進、弘徳院において「故久保山愛吉氏墓前祭」が行われ、久保山氏を追悼しました。

午後は、焼津市文化センターにおいて、2400名の参加で被災60年ビキニデー集会が行われ、集会では、マーシャル諸島から第五福竜丸元乗組員の大石又七さんと土田事務局次長から電話でメッセージが寄られ、大石さんからは「現地に行き元気になりました。頑張ります」、土田さんは、ロンゲラップ島被災者のレメヨ・アポンさんの「みなさんと一緒にアメリカの道義的責任を追及していきます」と伝えてきました。

第五福竜丸元乗組員2人が被災当時を証言。池田正穂さんが、「ドカンという音がしてびっくりした。白い粉が体中に付き、水で洗った」と語りました。見崎進さんがビデオメッセージを寄せました。

核兵器の被害者は高齢となり、体験を聞ける時間は短くなっていますが、福島原発事故以後、国内で新たな課題が起きています。

今後、5月の平和行進、8月の原水爆禁止世界大会の参加と、2015年の核不拡散条約再検討会議に向け、核兵器廃絶の署名を拡げ、核兵器廃絶、原発ゼロの運動を広げていきます。

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