数あるニッポンの山の中でも、会津磐梯山の知名度はトップクラスだろう。会津地方のシンボル、一大観光エリアとしての裏磐梯、そして「♪宝の山よ~」なるあの民謡。具体的な姿は思い浮かばなくても、心象的に広く認知されている山の代表格といっていい。
南側から見る磐梯山は優美な裾野を引く典型的な火山であるが、水と深い因縁がある。水景観の創造者とでも呼べようか。面積でニッポン第4位の猪苗代湖は、古代の噴火によって川が堰き止められて形成されたもの。そしてなにより劇的なのは裏磐梯の景観だろう。明治21年の大爆発によって山体崩壊が発生し、大量の土石流によって無数の湖沼が誕生した。
裏磐梯で遊ぶ時、その風景の精緻さが存分に感じられる。全体としては高原状なのだが、ミクロに眺めてみると細かい起伏が細密に絡み合い、遠方まで見渡しにくい。なぜこのような地形が生まれたかというと、爆発崩壊による夥しい土石の中には小山クラスの巨大な土塊もあった。それがあちらこちらに落ち着いて植生が始まる。やがて一世紀余の歳月が見事な森林を形成し、起伏に富んだ複雑な景観に生まれ変わったわけなのである。さらに印象深いのはそのような微地形のそこかしこに水が湛えられていることだ。中型の湖から小さな沼、水溜りの拡大版に至るまで、あまたの水との出会いが裏磐梯ハイクの最大の魅力といえるだろう。
さて、磐梯山登山は登山口が最も高い八方台からの往復ピストンがポピュラーだ。気持ち良い樹海の道を上がっていくと、かつて営業していた中ノ湯の跡地に至る。朽ちきれていない建物の残骸が無残だが、小さな池があって癒しの空間を提供している。9合目には茶屋のある弘法清水、こんな高所で水が採れることに驚く。そして山頂、南側には猪苗代湖の茫漠たる広がり、北側には檜原・秋本・小野川の三湖。かような大きな湖が百年ほど前に忽然とできてしまったのである。さらに眼下には銅沼、沼ノ平の池群、とにかく水の存在が山のぐるりを取り巻いていることがわかる。そのすべてが噴火の賜物だ。噴火に伴う災厄をもたらす一方で、水の景観を生み出した偉大なる創造主ともいえるだろう。
◆おすすめコース
八方台-弘法清水-磐梯山(往復4時間:初級向け)
中の湯跡地から見た磐梯山(右奥)(上の画像をクリックすると大きく表示します)
◆参考地図・ガイド ◎昭文社:山と高原地図11「磐梯・吾妻・安達太良」