2014年11月18日(火曜日)[ トピックス ]

「1日も早い復興を求める世論を広げよう。東日本大震災を風化させない」市従で被災地支援・視察行動

11月14日から16日にかけて、市従「東日本大震災被災地支援・視察行動」に取り組みました。東日本大震災が起こった2011年3月11日から3年8か月が経ちましたが、被災地の復興は遅れています。首都圏では被災地の復興に係る報道等も減り、日常的に目にすることも少なくなってきていることから、「東日本大震災を風化させない」ことを目的に、14名の参加者で陸前高田市を中心に行動しました。

畑の土移動などをおこなうボランティア参加者の写真

1日目は、陸前高田市職労の菅原副委員長の案内で、陸前高田市内の視察を行いました。高さ17メートルを超える津波の被害を受けた市街地は、やっと土地区画整理事業の盛土による整地が進んできている状態で、そのための土砂を高台から運ぶための巨大なベルトコンベア(全長3キロメートル、高さが22メートル、総工費120億円)が象徴的でした。横浜にいると報道などでもあまり目にしない光景に、驚きとともに伝えることの重要性を再認識しました。視察の後は、市職労の役員の皆さんとの交流を行い、津波による壮絶な被害の話を聴くことができました。

2日目は、ボランティア班と視察班に分かれて行動しました。ボランティア班は「陸前高田市復興サポートステーション」で行っている活動に参加し、区画整理に伴って道路となる畑の片づけなどの作業を行いました。また、視察班は、大船渡市内と陸前高田市内を地元語り部のガイドにより行いました。語り部の方からは「自身も被災し当時のことをやっと話せるようになった。ガイドとして話をしているときに胸がいっぱいになってうまく話せないこともある」との話もありました。

最終日には、気仙沼市、南三陸町、女川町などを視察しました。どこも復興が進んでいるとは感じられない状態で、女性職員が最後まで住民に避難を訴えていた南三陸町の防災対策庁舎は津波被害にあった当時のままで、供養台が設置してあり、お線香や献花が供えてありました。女川町では原子力発電所PRセンターも見学し、津波とは切り離せない原発の問題についても考えました。

陸前高田市には、現在も県内外から100名を超える派遣職員が応援して復興業務と通常業務を行っています。また、土地区画整理事業では2000人の地権者に対し、起工承諾や土地の換地などの意向確認を実施しているそうです。被災者の新たな住居確保が求められている中で、人員不足と膨大な業務量が復興を遅らせていると菅原副委員長も言っていました。復興を進めるためにも、私たちが被災地の状況を伝え、1日も早い復興を求める世論を広げるとともに、引き続き可能な支援が必要であることを再認識した取り組みとなりました。

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