2014年12月19日(金曜日)[ 登りたいのは山々 ]

【第59山】武甲山 1304m「山のアンパンマン」

夜祭で有名な秩父市街から大きく望まれ、独立峰的にそびえ立つ山だ。一帯のランドマークとして、とにかく目立つ。古来、周辺から尊崇を集めてきた名峰中の名峰でもある。かつては1,336mの標高を誇っていたのだが、現在では表題の通りの高さに留まっている。では、30m以上も減ってしまった理由とは?

武甲山はほぼ全山が石灰岩でできている。これは太古の昔、はるか南の太平洋でサンゴが造り出した石灰成分がプレート運動で基盤ごと日本列島の位置までやってきて、列島本体に付加された名残なのである。

石灰は人類にとってあまりにも有用な鉱物だ。セメントの原料として建築やインフラ整備に欠かせないものであり、他にも上下水道、肥料、鉄鋼、化学など様々な分野で活用されている。しかも資源小国ニッポンでは珍しく、自給率は100%。こんな事情が山の命運を決めることになった。

武甲山からの石灰岩の採掘は大正時代にさかのぼる。戦後の高度成長に伴って加速され、採掘の手は山麓から次第に山の高みを目指した。麓から山頂まで作業道路ができて、ついには頂上まで切り崩すようになってしまう。山の顔とも言うべき山頂部を削り取った結果、30mも背丈が縮んでしまったのである。

写真で見ると山頂は三角形になっているが、これは顔が削られ、いわば後頭部が露出しているようなもの。現在ならもう少し景観への配慮があったかもしれないが、なにせ行け行けドンドンの時代。自然保護運動も追いつかず、気が付いたら顔がなくなっていたといった経過ではないか。

当の武甲山にしてみればなんとも無残な話だ。が、考えようによっては自らの身体を犠牲に供することによって、戦争で荒廃したニッポンを救い今日の発展に導いた、と言えなくもない。これって、自分の顔を困窮する人に食べさせて救った、かのアンパンマンそのままではないか。ならばこれからは、山の景観保全と自然保護に努めることだ。それが、ニッポンを救ってくれた「アンパンマウンテン・武甲山」へのせめてもの恩返しではないかと思うのである。

◆おすすめコース
西武秩父駅(車)一の鳥居(表参道)武甲山―横立鍾乳洞(5時間:初級向け)
※鍾乳洞は一見の価値あり、帰路に寄ってみては如何。

1393-yamayama

山頂が平にならされ、山体の傷跡が生々しい武甲山(上の画像をクリックすると大きく表示します)

◆参考地図・ガイド◎昭文社:山と高原地図22「奥武蔵・秩父」

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