2015年3月2日(月曜日)[ トピックス ]

被爆70年「実相と記憶を次世代へ継承」3.1ビキニデー 核兵器のない世界へ

1401-2 1954年に米国がマーシャル諸島・ビキニ環礁で行った水爆実験により、日本の漁船「第五福竜丸」を含む、多くの船や現地住民らが被災した「ビキニ事件」の犠牲者を追悼し、核兵器廃絶への誓いを新たにする「2015年3・1ビキニデー」行動が静岡県焼津市の文化センターで開かれました。

2015年は「ビキニ事件」から61年を迎えるとともに、広島・長崎への原爆投下から70年、そして、1970年に発効した核不拡散条約(NPT、190カ国加盟)の運用状況を検討するための「NPT再検討会議(1995年以降、隔5年毎)」が開催される節目の年です。

「被爆70年を核兵器のない世界への転換点に」をテーマに開催された今大会では海外代表を含む4人が核兵器廃絶に向けた問題提起を行い、最終日に行われた故久保山愛吉さん(元第五福竜丸無線長)への献花墓参行進には全国から雨の中1600人が集結しました。横浜市従からも3名が参加し、各プログラムや静岡駅前での署名活動等を通じて、国内外の同志たちとの連帯と核兵器廃絶に向けた取組みへの決意を新たにするとともに、焼津から世界に向けて核兵器廃絶を訴えました。

現在、核兵器は国際連合安全保障理事会の常任理事国5ヶ国をはじめとする9ヶ国が保有し、全世界で16000発あまり存在すると言われています。被爆者の語る被爆の実相と記憶は、事実の曲解や風化を経ることなく、次世代へと継承していく必要があります。私たちは、核兵器の非人道性と私たちの生活が核の傘の下にあるということの危うさを訴え続けていかなければなりません。

「原水爆の被害者は私を最後に」という久保山さんの言葉から61年、核兵器廃絶の運動は着実に広がりつつあります。まずは、被爆当事国の市民であるである私たちから、核問題への関心を高めるとともに、核兵器廃絶に向けた連帯の輪を広げていきましょう。

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