2015年4月15日(水曜日)[ 登りたいのは山々 ]

【第66山】大船山1786m「大名登山その1」

むかしむかし、あるお城に、とっても山登りの好きなお殿様がおりました………滝廉太郎の『荒城の月』で有名な岡城のある豊後竹田藩、江戸初期の3代目藩主である中川久清は「山が好き」、ただそれだけの理由で近隣にそびえる大船山に何度も登った。山登りと言えば信仰登山以外にはあり得なかった時代であるから、極めて開明的な動機ではある。が、そこは殿さまのこと、高齢になってからは足が悪かったこともあり、自身の足ではなく、人馬鞍と呼ばれる背負い器具に乗って、近在の屈強の領民に担がせて登っていたのである。

隠居後は「入山」と号したほどの山好き、大船山の中腹に立派な墓所を造らせた。今でも入山廟と称して、整備された敷地に多数の石塔その他が残されている。ただ、墓参の大変さに参ったのか、あるいはこんな山奥に葬られるのは御免と思ったか、後代の殿様は誰も真似する者はなく、結局は入山公お一人様専用の廟地となってしまっている。

さて入山公がここまで入れ込んだ大船山は、九州中部の火山山地である九重連山を代表する名峰である。ゆったりと開けた山麓裾野から雄大な山姿を仰ぎ、登りにかかると豊かな森に入ってゆく。山上では神秘的な火口池が佇み、山頂からは眼下に坊がツルの一大湿原と九重の山々、遠く阿蘇山や由布岳などの大パノラマに魅了される。さらに6月頃なら見渡す山の斜面は、ミヤマキリシマの鮮烈なピンクのパッチワークに彩られ歓声を上げずにはいられない。ちょっと歩き応えのある日帰り登山ジャンルの山の中では過分なほどの魅力が詰まっている。現代のハイク水準でもトップクラスと言えるだろう。

だからこそ入山公が虜になったことも理解できるのだが、やはり担がせたのはまずかった。もし自身の足で登っていれば、我が国のアルピニストのパイオニアとして名を残す栄えに浴していたかもしれないのだ。ただ、藩政改革を行うなどなかなかの名君ではあったのが救いではあったろう。でなければ、酔狂な大名登山だけが印象に残る「バカ殿」との評判だけが残されたかもしれないから。

◆おすすめコース
竹田側登山口-入山公廟-大船山(往復5時間半:初級向け)※ベストは花に彩られる6月だが梅雨の雨が悩ましい

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間近から仰ぐ大船山(上の画像をクリックすると大きく表示します)

◆参考地図・ガイド◎昭文社:山と高原地図56「阿蘇・九重」

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