2015年10月5日(月曜日)[ トピックス ]

「世界にある1万6千発の核兵器廃絶を戦争法廃止、原発ゼロ、辺野古新基地建設阻止で平和な21世紀に」横浜非核平和都市宣言市民のつどい

今年はヒロシマ・ナガサキ被爆70年。原発・核兵器・戦争のない平和な21世紀を願い10月3日、「横浜市非核兵器平和都市宣言市民のつどい」が開催されました。1984年10月2日に横浜市会が決議した「非核宣言」を実効あるものにと願い、横浜市内各大学やYWCA、アムネスティの関係者の呼びかけで開催され、今年で12回目。

はじめに呼びかけ人の北川善英横浜国立大学名誉教授による「憲法9条と平和的生存権―原発・核兵器・戦争のない21世紀の道しるべ」と題しての講演。「原発、戦争法反対の運動の中で、多様な人々が主権者として個人の立場で新しい市民運動が生まれ、大きな政治的影響力を持ってきている。改憲による『壊憲』に抗するために、憲法前文と9条を読み直し、民主主義・立憲主義を問い直し、憲法と人権を擁護する“守護神”は何かを明らかにしたい」と話し、「“守護神”はこの間繰り広げられた多様な人々による連日のデモ行進など新しい市民運動」とまとめ、期待が寄せられました。

続いて、「被ばく70年、私たちに問われていることは何か~『原爆の図』アメリカ展を通して見えてきたこと~」と題して、丸木美術館理事長の小寺隆幸さんが講演しました。「『原爆の図』はピカソのゲルニカと肩を並べる作品。丸木位里・俊夫妻が広島で32年間にわたり描いた15の作品は、一見むごたらしいが人間性が込められている。現在、アメリカで『米兵捕虜の死』や韓国・朝鮮人差別を描いた作品も含め巡回展を行なっている。かつて、“リメンバー・パールハーバー”としてスミソニアン博物館で原爆展が中止になったが、今回は全くなく、若者たちの原爆に対する気持ちが変化し、マスコミも好意的」と言います。「世界には1万6千発以上の核兵器があり、アメリカは4兆ドルをかけて近代化するという。核戦争・核兵器の脅威は『核の傘』の下で安保法制、辺野古、原発とつながっている。矛盾をあいまいにせず、戦争につながる動きをきっぱり拒否すべき」と訴えました。

14歳の時に広島の爆心地から1キロのところで被爆した佐藤良生さんは、当時の状況と語りべ活動を報告。「母・妹・弟と逃げまどった。2週間たったころから髪の毛がバラバラ抜けはじめ禿げ頭になった。1か月後に母と妹は亡くなり、弟は肝臓がんで亡くなった。自分も胃がんの手術をした。いまも神奈川県には4千人以上の被爆者が苦しんでいる。原爆の恐ろしさを知らせるために海外の人たちに語りべ活動を続けている。市内の学校でも語りべ活動を広げたい」

高校生平和大使の三宅彩加さんは、この夏、桜木町で署名活動を行い、全国16万筆の署名とともに、ジュネーブの国連欧州本部を訪問し手渡しました。署名はこれまでに133万筆を超え、活動が高く評価され大きな成果をあげています。「現地ではシンポジウムや署名行動も行い、軍事費1兆7千ドルを貧困対策に回せばどれほど救えるかなど核廃絶・戦争・貧困すべての問題をスピーチしました。『あきらめない、続ける、がんばる』―核兵器は若い人たちが訴え廃絶しなければ」と決意を語りました。

SEALDsのスタッフでもあり戦争法強行成立直後の9月20日に山下公園からMM21地区のデモ行進を呼びかけてきた大学生の瀧元深祈さんは、「行動のきっかけは広島で被爆者の『戦争はいやだ』という強い訴えにあった。これからもママの会や弁護士会と連携し、シンポジウムやデモなどに取り組んでいきたい」と特別発言。高校生や大学生の報告や発言はこれからの希望を感じさせました。

最後に、アムネスティ・インターナショナル横浜グループの藤田正さんから、核による被害を繰り返さず戦争のない世界のために、原発再稼働させず廃炉に、戦争法を発動させず速やかに廃止など「非核宣言都市横浜への提言」を提案し、参加者で確認しました。

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上の写真は、原爆の図「幽霊」丸木美術館蔵

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