2016年8月5日(金曜日)[ 登りたいのは山々 ]

【第94山】仙丈ヶ岳3,033m「怪談今昔」

山の世界は、生死に関わる様な人間ドラマの生まれる舞台であるから、怪しげなオカルト話の類もあちこちで耳にする。とりわけ誰もが認める霊感スポットとして有名であったのが、仙丈ヶ岳の藪沢カールだ。

仙丈ヶ岳は山頂部に3つのカール(氷河がスプーン状に削った地形)を持つが、特筆すべきは北・東・南の三方位に、わけてもニッポンでは珍しい北向きのカールがあることだ。これが件の藪沢カールなのである。

この地に「出る!」との噂はうすうす知ってはいた。だが気にも留めずに1泊しようと決めたのが20数年前のこと。登山シーズン前で残雪も多い6月中旬、無人の避難小屋があるのだが、うらぶれていて床には雪解け水が流れていてどうにも陰気臭く、持参のテントを近くに張って就寝。

異変が起きたのはその夜のことだった。翌朝になってメンバーの一人が「夜中に表で女の話声がした」と真顔で証言するのである。シーズン前のこともあり周囲には誰も泊まった様子はないし、朝一で山頂まで上がってみても人の気配がない。私自身は霊感が弱いせいか何も感じなかったのだが『やはり噂通り出るのか……』と妙に納得。

前述のように希少な北向きカール、陽が当たりにくくなんとなく暗いイメージがある。しかもカールの縁をなす崖が急峻で、余計に畏怖感を感じてしまう。そんな環境が知らず知らず登山者の心に沁みついて怪談が信憑性を帯びてしまう、そんな構図であるのかもしれない。

その後、仙丈ヶ岳とはご無沙汰していたが20年ぶりくらいで同地に1泊することがあった。すっかり様変わりしていた。かつての怪小屋の跡には、近代的な山小屋が建ち明るく清潔そのもの。無粋は承知で小屋番の若い兄ちゃんに幽霊話を尋ねてみた。「そういう噂を聞いたことはありますが、私の知る限り出た話はありません。」ときっぱり。やはり連中も場所を選ぶ。明るく生まれ変わった環境では最早出る幕は無し、他所へ行ってしまったと言うことか。かつての幽霊伝説も、自身が幽霊にならぬための安全登山の戒め話であったと捉えておこう。夏の仙丈はカールに花の咲き乱れる別天地、妙な怪談で敬遠するのはもったいないから。

◆おすすめコース
北沢峠-仙丈ヶ岳(往復7時間:中級向け)※もちろん藪沢カールの仙丈小屋に泊まって、怪談ムード(?)を偲んで頂くのも一興だ。

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近年の藪沢カールと、近代的な仙丈小屋(上の画像をクリックすると大きく表示します)

◆参考地図・ガイド◎昭文社:山と高原地図41「北岳・甲斐駒」

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