2017年5月1日(月曜日)[ 登りたいのは山々 ]

【第110山】間ノ岳 約3,190m「一万年前の栄光」

南アルプス間ノ岳は堂々の標高ニッポン第3位。しかしこれほど不遇な山も無い。よりによって、すぐお隣に標高第2位の北岳が鎮座している。その差僅かに3m。が、この3mがとてつもなく大きく働き、また北岳の方が下界に近いことも間ノ岳に災いした。北岳にはその両肩に山小屋があるのに、間ノ岳はゼロ。「北岳に登りに行く」と言う人はあまたいるのに、「間ノ岳だけを目標に登りに行く」と言う人など殆どいない。大概は北岳登山のついでか、縦走途中に立ち寄ると言った扱い。日本百名山に選定されたのがせめてもの幸いで、さもなくば不遇度は限りなくアップしていたに違いない。

が、今から一万年前はそうではなかった。シャープな北岳に対し、間ノ岳は遠目には上部が潰れたようにずんぐりとして見える。また山頂に登ってみると、細かく破砕された岩が多いことに気付く。間ノ岳の地質はもろい。山はその自重がストレスになって崩壊に向かう。山頂部分に限れば、この1万年間で潰れて、かなり低くなっているのである。一方の北岳は、お隣ながらずっと固くしっかりした岩質で崩れにくい。間ノ岳の潰れ分を逆算すると、一万年前には北岳より高かったと推定できるわけだ。しかも当時の富士山は現在の高さに達しておらず、間ノ岳こそが、ニッポン№1であったのではないか。

たらればは禁じ手と言う。が、あえて人類史がもう少し早く進んでいて、一万年前に近代登山が行われていたとしてみよう。間ノ岳はニッポン中の登山愛好家の最大の目標として、大いにもてはやされていただろう。折しもその頃は氷河期。山頂に華麗な氷河を懸け、太刀持ちに農鳥岳、露払いに北岳を従え、その中央で横綱宜しく堂々とした姿で君臨していた筈だ。

先年の国土地理院による山の標高見直しで、間ノ岳は1mアップして3190mになり、それまでの標高第4位から、奥穂高岳に並ぶ3位にランクアップした。が、一方の北岳はそれより先に1mアップして現在の3193mとなっている。悲しいかな、間ノ岳は離されこそすれ、もう2度と北岳に追い付くことのない運命なのだ。

◆おすすめコース
広河原-北岳付近(山小屋泊)-間ノ岳(往復15時間:中級向け)※白根三山縦走とすれば充実度はピカイチ!

1472-07

丹沢から遠望する白根三山、中央が間ノ岳、右が北岳(上の画像をクリックすると大きく表示します)

◆参考地図・ガイド◎昭文社:山と高原地図41「北岳・甲斐駒」

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