2008年11月1日(土曜日)[ コラム「しじゅう」 ]

貧困は対岸の火事か?

利潤を追求する大企業、資本家たち。私たち労働者の人生や、働く者のもてるもの全てを搾取しようとしている。資本家同士の競争に勝ち抜くために、地球の自然環境破壊は利潤の次において、富を蓄積している。

「景気が下りでも海外旅行へ行く人は、まだ多くいますね」その言葉が引っかかる。かつてバブル景気の頃、国民の生活意識は中流意識が多かったことを覚えている。ともすれば「自分は、ちょっとした金持ちだ」と思っている人もいた。今では、海外旅行へ行く人口は減ったものの、節約すれば、生活できてしまう層の意識では、全体で言う貧困の意識はない。現実に、労働法制の改悪によって「働いても生活できないワーキングプア」が発生しても、とりあえず今が、自分が良ければよし。公務員の自分は関係ない「対岸の火事」我が身に火の粉は降りかからない。そんな意識の蔓延が労働組合離れを他因子を含めてあるのだろう。

共働きの我が家では家計を工面して、娘を海外にホームステイをさせたことがある。娘の中では自分の家は中流の生活意識があったようである。帰国したある日「お父さん、うちって貧乏だね。行かせてくれてありがとう。」一緒に行ったホームステイグループの中で親しくなった友達の家へ遊びに行った帰りの話である。友達の家の大きさにビックリして思わず出た言葉だと思う。この時、彼女としては世の中の格差を目の当たりにし、現実を感じたのだろう。

資本論の中で「富の蓄積は、同時に貧困の蓄積になる」がある「貧困の蓄積」に、粗暴・道徳的堕落が含まれている。世間では渋谷の殺傷事件などの粗暴な事件があいつぎ、モンスターと呼ばれるものや、さまざまな偽装事件の道徳的堕落が問われている。利潤追求の社会で働く労働者は「貧困であること・それ以上に貧困になる危険性がある」ことを自覚していなければならない。

「横浜市従」第1216号(2008年11月1日)より

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