2009年4月1日(水曜日)[ コラム「しじゅう」 ]

「自由と民主主義をもうやめる」

白濁の温泉が好きだ。露天風呂ならもっといい。雪景色の中お湯につかりながら、本を読んで2時間入っていることも。小さい時の熱いお風呂の記憶からか、ずっとお風呂嫌いだったのに、15年くらい前に目覚め、今はなによりの楽しみだ。

というわけで温泉行きには本が欠かせない。用意できないときは、東京駅構内の本屋で調達することも多い。

「自由と民主主義をもうやめる」(佐伯啓思著)は題名に引かれて思わず買ったもの。自由と民主主義の名の下に飽くなき欲望を肯定し、グローバル化を追及してきたアメリカ。それに追随した小泉首相が構造改革を断行して市場競争を徹底し、格差を拡大、日本が崩壊の危機に直面しているという「オヤジ保守」の論理に、う~んそのとおり。アメリカの言うなりに、経済活動の基本、モノを生産する3要素である資本、労働、自然資源を、すべて規制をなくして、商品化してしまった。

あとがきには「本書は『自由と民主主義をやめるなんてとんでもない』と思っている人に読んでもらいたいのです」なんて書かれていて、罠にはまったね。日本の良さを表す言葉として「義」などを挙げていて、「義」は今年のNHK大河ドラマ「天地人」で、直江兼続役の妻夫木聡も目下悩んでいるところだ。

一方、姜尚中著「悩む力」では、「人は『自由』から逃げたがる。一般に人は自由に憧れると思われていますが、自由から逃げて『絶対的なもの』に属してしまいたくなることもある。……確信するまで悩むしかない」と書いている。そして、「人を消耗品のように使いつくす過酷な競争システム。やせ細っていくセーフティネット。『勝ち組』と『負け組』との激しい格差。若者たちにのしかかる現実は、あまりにも酷薄です」と。

確かに、内部留保を溜め込むだけためて、株の配当を増やしている大企業があるのに、働くことさえできずに放り出されて、食べてもいけない「貧困」が広がっているのだから。何が「自由」なのか「民主主義」なのか。搾取の「自由」でなく、「民」のための「義」を求めて考え、闘う必要がありそうだ。

「横浜市従」第1225号(2009年4月1日)より

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