異見交流「わたしたちの家は燃えている」

異見交流「わたしたちの家は燃えている」

区・社会福祉職

 今年の秋は暖かかった。ちょっと気持ちが悪いくらいだ。これも異常気象の一環なのかな。こんな日が続くと夏の猛暑がうそのよう。ほんの3か月前なのにひどく遠く感じた。

 私の職場である総合庁舎は建物も設備も古い。クーラーの効きも悪く夏の執務環境は最悪だ。建物と設備の構造上の問題で交換することはできず修理でしのいでいる。近年はサーキュレーターや送風機が導入されて多少は改善されたが、場当たり的な対策をすればするほど気になる。暑さを和らげるために電化製品を使用してさらに温暖化を進行させる矛盾。どうしたものだか。

火事に気づかずに生活している

 夏の訪問はさらに過酷だ。うっかりすると熱中症になる。訪問中、私はいつも考える。自分も辛いのだが、今の子どもたちが大人になる頃にはどうなってしまうのだろうか。今のような生活を送ることができるのだろうか。

 私たちの家は火事になっている。多くの人はそれに気づいていない。なぜかというと、炭素予算の存在に気づいていないからだ。炭素予算とは気温上昇をある温度までに、ある確率で抑えようとする場合、排出できる温室効果ガス量の上限のことである。10月下旬「炭素予算って知ってる?」と聞いたけど、教宣部長は「なんだっけ?」って言ってた。確かに日常的に強く意識して生活していない。

 2019年ダボス会議でスウェーデンの高校生グレタ・トゥーンベリさんは訴えた。あと12年のうちに二酸化炭素の排出量を現在の半分以下におさめないと、かつてない環境変動を起こす可能性があると。グレタさんはその後も状況は改善していないとして活動を続けている。地球が壊滅的な状態になるリスクを下げるために、現在おさえるべき気温上昇は1・5℃未満だといわれている。二酸化炭素などの温室効果ガスの排出をゼロにすることで気温上昇率を下げられる可能性があるが、現在のペースで排出を続けると、上限を超えるリミットはあと8年といわれている。

「もったいない」よりも温室効果ガスの削減を

 自分自身はどうか。

 先日、職場の親睦会で冷蔵庫問題が話し合われた。容量が不足し冷却力も低下しているので、買い替えるか、さらにもう1台購入するか?

 私は冷たい飲み物は基本的に飲まない。お弁当は真空弁当箱や梅酢を使用して持参する。だから職場に冷蔵庫がなくても問題ない。あまり使わないが一応、古いものを使い続けるよりも環境に配慮して買い替えたほうがよいと言った。結局、夏が過ぎ、庫内の整理をしたら弱設定になっていたことが判明し、さらに使えるものを捨てるのはもったいないということで買い替えの話は立ち消えとなった。

 でた、もったいないだよ。私ももったいないは大好きだ。まだ使えるものを捨てることに罪悪感がありなかなか捨てられない。でも「もったいない」の言葉の意味はただ単に長くものを使うことではない。「物の価値を十分に生かしきれず無駄になっている」状態やそのような状態にしてしまっている行為を戒める言葉である。そうだとすると家電製品についてはまだ使えるのにもったいないでいいのか。

 家庭内の消費電力量第1位は冷蔵庫であり、10年前のものと比べると買い替えによって最大43%消費電力量がおさえられるという。「物の価値」ということを考えると、長く使うことも大事だが、温室効果ガス排出量をおさえることが優先されるのではないか。家電など温室効果ガスを排出する製品については「もったいない」の意識を更新しなくてはならない。

 話し合いでは明確に説明できなかったので、後日、親睦会委員に伝えてみた。早速、購入について再検討が始まった。

構造の転換へ 行動が求められている

 エネルギー政策では石炭火力発電に固執し化石並みと揶揄される日本でもようやく、菅首相が2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることを表明した。

 地球温暖化が問題になったのは昨今でなくずいぶん前からだけど、環境に配慮した生活は長らく一部の人の趣味的なものとして扱われてきた。

温暖化に対応するために構造的な転換が求められる。自分は何ができるだろう? これまでは自分のできる範囲でできることをという感じだったけど。

 日本はまかせて「ぶうたれる」社会といわれる。引き受けて考え行動するようにならなければいけない。気温が1・5℃以上上昇してから「ぶうたれて」も、どうしようもない。子どもが大人になったときに、やれるだけはやったといえるにはどうしたらよいか? 今日も訪問に行く道を歩きながら考える。

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