【第193山】トムラウシ山 2,141メートル(北海道)真逆のイメージ

 北海道に多いカタカナ山名はアイヌ語が起源なのだが、日本百名山にまで上り詰めたのはトムラウシ山だけである。どこかエキゾチックな響きがあるが、近年は魔の山としてその名を轟かせてしまった。

 2009年7月、AT社のツアー登山で、ガイドを含む8名が犠牲となった痛ましい事件の舞台となったのである。経験の浅いガイド、寄せ集めの集団、利益優先の行動計画などがあいまって、強風の雨天下での強行軍となり、低体温症によって次々と斃れていく情景に登山界も一般社会も戦慄した。件のAT社は事故後もしぶとく営業を続けていたが、4年後に万里の長城で似たような死亡事故を起こして廃業した。

 トムラウシ山は北海道でも奥深い山で、大雪山系の遥かなる山として多くの登山者の憧れだ。個人ではなかなか登りにくいことからツアー登山が隆盛を極め、その延長上に彼の事故が起きたことになる。

 山頂からの展望は雄大、遠く大雪や十勝連峰、一方で西側は意外に近くに下界が広がっている。実はそこは美瑛の盆地一帯だ。とんでもない奥山のイメージがあるトムラウシ山は、北海道観光の目玉ともいうべき美瑛の丘の裏山に当たるのである。登山口が山深くにあるので遠く感じるだけで、里までの絶対距離は意外にも近い。

 展望だけではない。明るく開けた沼、天然のお花畑、火山岩が積み重なったロックガーデンなど、この地ならではの宝石の様な景観があちこちに無造作に散りばめられている。そうした原始の自然美を象徴するような特異点、それがトムラウシ山である。文字通りの山上の楽園が、天気のご機嫌一つで凄惨な地獄と化す。それも生の山の姿なのだ。

 さて、山頂には地図測量の基幹である一等三角点が設置されている。三角点には夫々名前が付けられているのだが、ここではなんと「富良牛」。何とも上手い、いや美味い当て字ではないか。霜降りの高級な和牛を連想してしまう。山麓の美瑛の丘に牧場を設け、トムラウシ山をバックに富良牛のブランドで酪農……富良牛の前では、エキゾチックな魔の山のイメージなど、どこかに吹っ飛んでしまうこと請け合いだ。

◆おすすめコース
 短縮コース登山口─トムラウシ山(往復10時間:中級向け)
 ※日帰り圏ぎりぎり、泊りも避難小屋で自炊が必須。

花で埋まる五色ヶ原からのトムラウシ山