【論文紹介】デジタル化の先にある無人の自治体

 先月、デジタル関連法が参院本会議で可決され、成立しました。

 それ以前から、集積された個人情報「ビッグデータ」を活用した経済活動や、システム開発・保守業務委託の商機を狙う資本の意図を汲む議論は展開されています。

 たとえば、コンサルティング、金融ITソリューション、産業ITソリューション、IT基盤サービスを事業とする最大手の民間シンクタンクの月刊ニュースに収まる小論は、地方自治の本旨や基本的人権などの憲法的価値との衝突を度外視して、「自治体DXをより加速するために何をすべきか」との問いを立て、現場の意識醸成の方策に「知る・興味を持つ」「自身の業務にとって必要と思う」の2段階ステップを提示しています。神戸市、川崎市、大阪市等の福祉情報システム等で随意契約を繰り返しているらしい事業者のポジショントークに警戒したいものです。

 対して、YCANの区局webで中央図書館が全庁の職員に向けて紹介している「仕事に役立つ!ビジネス誌」の一つ『住民と自治』5月号が編んだ特集「デジタル社会の陥穽と自治・くらし」は学識と考察に満ちています。

 国・自治体・民間事業者間の情報連携を促進するために、自治体のあり方を大きく変えてしまうと警鐘を鳴らすのは、龍谷大学法学部教授の本多瀧夫「自治体のデジタル化と地方自治」。本多は、「住民の福利に資すると考えて設計した独自の業務フローやデータ使用を標準化対象事務の情報システムに実装させることは例外的にしか認められないでしょう」と言い、国が定めた標準化基準に則ってパッケージ化されたシステムを自治体はただ選ばされるだけになることを問題視しています。

 なお、標準化対象業務は政令で特定されますが、総務省自治行政局行政経営支援室の資料によれば、就学、障害者福祉、介護保険、生活保護、健康管理、子ども・子育て支援などの公教育、社会福祉、公衆衛生といった住民の社会権に関わる業務が広く含まれます。

 本多によれば、AIによる処理を前提とした窓口のオンライン化が対面窓口の縮小につながった自治体が「ニーズを抱えた住民とのリアルな接点を欠くこととなり、住民の生活保障に対して責任ある対応をすることをしなくなる」ことも危惧されます。

 この点、自治労連・地方自治問題研究機構主任研究員の久保貴裕による「自治体の『デジタル』化で、行政の現場では何が起きるか」は、月刊『地方自治』や月刊『ガバナンス』へ寄稿している総務省でデジタル化を担当する複数職員の主張を引いて、「国は、オンライン化の先に窓口の無人化・廃止をねらう」と断言しています。

 久保は、2008年3月31日付、総行市第75号・総行自第38号・総税企第54号「住民基本台帳関係の事務等に係る市町村の窓口業務に関して民間事業者に委託することができる業務の範囲について(通知)」で示された考え方について、窓口業務を民間に委託する場合でも国は「住民の権利の得失に関わる公権力の行使に当たる事務は、職員が自ら行わなければならないとしてきました」と説明し、デジタル化に付随して起こされるパラダイム転換を明かしています。

 それゆえ、わが組合の賃金部長である水野博が著した「横浜市におけるデジタル化の動きについて」で結論するように、労働組合には「単に『デジタル化』に反対するのではなく、政府や財界のねらいを明らかにしたうえで歯止めをかけ、職場の環境改善や住民サービスの向上にどうつなげていくのかが問われている」のです。

 同時に、職員の働きが住民を基本的人権の主体としての権利行使から遠ざけるときには、公務員不要論に市民世論を向かわせ、自治体労働者は手痛いしっぺ返しに合うことを肝に銘じるべきだと評者は付け足しておきたい。

Society5.0は社会問題を解決するか

 ところで、デジタル社会の進展とともに急増する「ギグワーカー」の労働問題が日本でも顕在化するようになりました。

 国際労働組合権利センターの「国際労働組合権」誌28巻1号には、ヨーロッパにおけるプラットフォーム労働の報告が寄せられています。

 ウィーン大学准教授のマーティン・リサック「亀裂、いたるところに亀裂が-欧州の裁判所はどのようにしてプラットフォーム経済における雇用によらない働き方に対抗しているか」、原題There is a crack, a crack in everything … How European courts counter bogus self-employment in the platform economy(未邦訳)。「小規模な起業家が顧客とつながることを支援しているだけだという、かつての強固なストーリーには、ますます亀裂が入ってきている」と言い、プラットフォーム経済は革新的であるため既存の規制には当てはまらず、プラットフォーム労働者はすべて自営業者だという2つの主張を裁判所は受け入れなくなっていると説明しています。

 「従業員」という形式でなく、実質から労働者性を判断し権利を保護する方向は、日本においても必要性の高まっている規制です。

本部・教育宣伝部長