シリーズ 検証IR(最終回) 「横浜イノベーションIRとはなんだったのか」

 「私は、(IR誘致に反対する市民の)その声にしっかりとお応えし、IR誘致の撤回を、ここに宣言いたします」「10月1日には、IR推進室を廃止します」――。9月10日、横浜市会2021年第3回定例会本会議にて山中竹春市長が所信表明し、横浜へのIR誘致論争に終止符が打たれた。横浜イノベーションIRとは何だったのか。シリーズの最終回に振り返っておこう。

IR誘致の必要を平原副市長が力説していたオンライン動画(現在は削除)
「文春」に接待疑惑が掲載されたのち、9月16日の市会本会議では「市民の皆様に疑念を抱かれることにならないよう、慎重な行動が必要であったのではないかと深く反省してるところです」と答弁。1月26日の市会予算第一特別委員会で汚職事件の可能性を問われたときは「国で問題になっていることと同じにしてほしくない」と強い口調で否定していた

不透明な同盟の先行き

 話の始まりは2016年11月の米国大統領選挙。ヒラリー・クリントン氏が当選すると予想していた日本政府の意に反して一介のビジネスマンであったドナルド・トランプ氏が当選したことに端を発する。

 トランプ氏はあらゆる通商政策で米国の産業の保護を優先し、一方的な関税などの懲罰的な措置すら厭わない強硬姿勢の持ち主で、日米同盟関係の先行きは不透明になった。

 狼狽した当時の安倍政権は直接の交渉ルートを持たなかったためにトランプ氏の関係者を通じて接触を試みることとなる。このときに目を付けたのがトランプ氏の最大の政治資金のスポンサーであり、当時米カジノ最大手であったラスベガスサンズのシェルドン・アデルソン会長(当時)であった。アデルソン氏がソフトバンクグループ会長の孫正義氏と旧知の仲であったため日本側からのルートがつくりやすかったと言われている。

 こうして見事に安倍首相(当時)は米大統領選の結果が確実となってから10日も経たずに外国首脳として初めてトランプ氏との直接会談を実現する。

賭博産業に市場を開放

 そして、日米同盟関係の中で私腹を肥やしてきた日本財界の利権をこれまで同様に確保することと引き換えに、IRカジノ事業という米国のいち産業のために、賭博行為を禁止していた日本の法律を書き換え、日本市場を開放することを確約したのである。

 驚くことにトランプ氏との初会談が実現した翌12月にはあらゆる規制を後回しにして日本国内でのIRカジノ開設を合法化するIR推進法がスピード感をもって強行採決される有様であった。2018年にはIRカジノに対する規制や自治体による誘致の申請手続き等を記したIR整備法が同じように強行採決された。具体的な規制はIR関連事業者からの出向を受け入れ、事実上カジノを推進する機関であるカジノ管理委員会に任されるという異常なものである。

 政権をあげて「経済政策の目玉」としてIRカジノ誘致が強引に推進された当時、首都圏に位置し、空港や新幹線駅が近く、山下ふ頭という広大な土地があり、何より菅義偉官房長官(当時)のお膝元である横浜市に白羽の矢が立つことになる。

「健全なIR施設を横浜市としてはぜひつくっていきたいという覚悟でございます」と産業展で講演した平原副市長

 そして、2019年8月22日、林文子市長(当時)は2017年の市長選挙直前に態度を「白紙」に翻していたIRカジノ誘致を「突如として」表明したのである。同年4月の統一地方選と7月の参院選挙を避け、誘致に対する審判の場を市民に決して与えない絶妙なタイミングであった。

平原副市長が講演した産業展でカジノ事業者は女性のみが過度に露出するショーを提供した
※パフォーマーの権利保護のため、写真は加工しています

 誘致表明直後におこなわれた『神奈川』による世論調査では63・85%の市民が誘致に反対、72・5%が賛否を問うための住民投票をおこなうべきだと回答した。

住民投票の直接請求が成立

 これを受けてカジノの是非は市民が判断すべきと考える様々な立場や党派を超えた市民が議論を重ね、11月6日に「カジノの是非を決める横浜市民の会」が発足した。そして住民投票実現へ向けて運動を開始することとなる。途中、新型コロナ感染症拡大の影響で開始時期の延期など困難もありながら、2020年9月4日からスタートした住民投票の直接請求署名活動は1カ月で20万8千筆を超え、有効署名数は法定数の3倍を超える19万3193筆に達することになる。

住民投票条例は、法定の3倍を超える市民の署名で直接請求が成立

 膨大な署名数におののいてのことだろうか。翌月の記者会見で林市長(当時)は「もし住民投票が行われIR反対が多数であれば、結果は尊重したい」と述べ、条例案提出の際に付ける市長意見については「賛成・反対の意見は付けない」と表明し、一時誘致推進派に動揺が走った。

 ところが12月に直接請求された住民投票条例案にあろうことか林市長は「住民投票を実施することには意義を見いだしがたい」と反対意見を付けて市会に提出。年明け1月の臨時会では立国フォーラム、日本共産党、無所属の議員たちが市民の声を代弁したものの、「軽々に市民に判断をゆだねるような問題ではない」とする自民党とそれに同調する公明党により僅か3日間の審議で「軽々」に条例案は否決されてしまった。

市長誕生へ継続する共同

 その後、住民投票条例制定に向けて尽力した広範な市民は「カジノ反対の市長を誕生させる横浜市民の会」を結成した。「カジノ誘致を断固阻止」と公約を掲げた山中竹春前横浜市大教授を会の支持する候補者として政策協定を結び、立憲民主党、日本共産党、社民党、緑の党、新社会党、横浜港ハーバーリゾート協会など政党や団体と共同する陣形を維持したまま、横浜市長選へと突入したのである。

追い込まれた誘致推進派

 今回の横浜市長選挙では立候補者8人中6人がIRカジノ誘致に対して否定的な態度を取った。驚くことに菅政権の元閣僚でIR推進の中心人物だったはずの小此木八郎氏までもIR「取りやめ」を掲げて立候補を表明した。これにより誘致を掲げる林前市長との間で保守分裂という様相となった。

 仮に政権与党丸抱えの候補者であっても、当選を目指そうとするなら誘致とは言えないほどに、住民投票を求めた市民運動が誘致推進派を追い詰めた結果と言える。

 実際のところ小此木八郎氏の「取りやめ」は、米資本のために準備してきた横浜の地を、手続きがすすむ中華系資本に奪われることを嫌った政権側の思惑が見え隠れするものだったし、コロナ禍で体力を奪われた米資本の体力回復を待って誘致を再開したかったというのが本音だったのかもしれないが、それを口にしていたら次点にもならなかっただろう。一方、林前市長は利権に群がる地元経済界の声を無視できなかったための立候補だったが、現職市長でありながらはっきりと惨敗した。

 いずれにしても資本の意図を汲んだ2人の候補者は、山中竹春氏が圧勝した横浜市長選挙に敗れ、推進派の思惑は雲散霧消した。皮肉なことに横浜市長選挙の投開票日は、林氏が2年前に公約を破りIRカジノ誘致を表明したのと同じ8月22日だった。

「丁寧に説明」する林氏から誰もかも離れていった

 ところで、9月2日付の『神奈川』が報じたところでは、落胆する横浜のIR利権関係者が夢がついえた今となっては「統合型リゾート」などと包み隠さず、単なるカジノ誘致そのものだったと言明している。曰く、「(IR)誘致の是非を突き詰めれば、カジノを呼び水とした経済政策を許容するか否か」だった、と。

 誘致表明後から一貫して「丁寧に説明」を強調し続けてきた林氏の成果が、『神奈川』による出口調査で示されたことも、この選挙の記録として残しておこう。それはIRカジノ誘致反対は2年前の誘致表明直後とほぼ変わらず63・8%、賛成に至っては当初の25・7%から24・3%に低下するという有様だった。何よりも投票所へ行った有権者の83%が誘致に否定的な候補者に投票している。

 市民は説明されればされるほど横浜イノベーションIRに賛成できなかったのであった。