顕在化せず潜む暴力「孫世代にも傷痕」癒えない記憶の戦争(下)

顕在化せず潜む暴力「孫世代にも傷痕」癒えない記憶の戦争(下)

 「PTSDの日本兵の家族の思いと願い・証言集会」。吉田裕・一橋大学名誉教授(歴史学)は、記念講演「兵士の心と身体からみたアジア・太平洋戦争」で、人間たる兵士の命が軽んじられた日本軍の劣悪な環境や装備、医療体制、特攻隊員へのヒロポン(覚せい剤)投与などを報告しました。抑圧された者の心中には、癒えない記憶の戦争が続いています。

抑圧が生んだ日常風景

 陸軍の移動は、機械化・自動車化の遅れにより徒歩に大きく依存していたという。ところが、軍靴は戦況の悪化に伴い、質の劣悪化と供給量の減少が顕著だった。しかも、兵站・補給の軽視から、兵士の装備の重量は体重の50%を超える者もいた。海軍では、限られたスペースにもかかわらず、雷装を重視するあまり、兵士たちは居住性を無視した非衛生的な環境下に置かれた。士官と科員の格差も大きく、兵士たちは兵員室を食事と就寝を兼ねて使用しており、中でも潜水艦の環境は特に劣悪だった。そこでは皮膚病が流行して精神神経性疲労が目立ったと吉田名誉教授は話した。

『読売新聞』1939年4月5日
軍国主義は「戦争を恐怖した結果から起る精神病、いはゆる砲弾病はわが皇軍には全然なく」などと兵士が病んだことを隠した

 そのような命の危険を感じる抑圧体験、見知らぬ人と殺し合う経験は、戦後と呼ばれる時代になっても、元兵士とその家族の心の中に、戦争を継続させたのではないか。北村毅・大阪大学准教授(文化人類学)は最近、研究を始めたという。「国家は、憎悪や恐怖を煽り立てることで、人びとを戦争へと動員していくわけです」

 日本社会は敗戦を境にきれいさっぱり消えてしまったように振舞ってきた。けれども、当事者の中には、決して消え去ることのできない強い感情が沈殿してきたという指摘だ。

 言うまでもなく、人を殺すというのは当たり前の経験ではない。平時では罪を償わなければならないことが戦争では奨励される。しかし、いくら国家が認めてくれても、戦争が終わって日常に戻ってみれば、「戦争だから仕方がなかった」という理屈では吞み込めない葛藤がつきまとうと北村准教授は言う。「はたして、普通の人が戦地に送られ、人を殺して復員した後、何の不協和もなく良き夫や子煩悩な父親に戻ることができたのでしょうか?」

 元日本兵を父に持つ吉沢智子さん(埼玉県川越市、67歳)の証言も、これを裏付けるものだ。

 「人と会うのも大丈夫です。いろんなところに出かけるのも大丈夫なんですけど、あの本当のことが言えないんで、多分、心を閉ざして今まで生きてきたからなのではないか」。吉沢さんは言葉を選びながら「ひきこもり当事者」だと自己紹介した。

 父が戦争体験を封印してしまったことが子である吉沢さんにも影響し、心を閉ざして死への誘惑のうちにあった自身の青年期を形成したのではないかと考えていると話す。ほとんど戦争の話をすることはなく戦友会などの関わりも一切なかった父について、海軍の将校だったことを母から聞いて知った。乗艦していたところ撃沈され辛くも海上に命を取り留めたそうだ。

 復員した父と暮らす家の中にはいつも冷たい井戸の底のような空気が漂っていた。父が怒鳴りはじめると怒りが次から次へと湧いてきて止められず、目の色や形相も変わってしまう。子ども心に怖くて怖くて本当に恐ろしかった。「(身体的)暴力は全くふるいませんでした。ただ、何かにつけてすぐ切れて怒鳴るっていうことが日常茶飯事で、家の中はピリピリと、いつも緊張していました」。なおかつ家計は「どん底」だった。

 吉沢さんの記憶に残る、母から聞いた「ちゃぶ台返し」の話がある。さんまが食べ頃じゃなかったという理由で、父は「ちゃぶ台返し」をした。食べ物もない敗戦直後を生きているときに食卓ごとさんまをひっくり返す父を理解しがたいと母は話した。片付けなくてはならない母の気持ちを父は考えてくれたのだろうか? 話を聞いて感じた5歳頃の強い憤りを今も覚えているという。

 “昭和の日常風景”として描かれる頑固親父の「ちゃぶ台返し」。数百万の帰還兵家庭の一例という観点から、北村准教授は違った風景と見る。「余りにも多くの男たちがそう振る舞っていたので、男とは、親父とはそういうものだと誰もが思い込んでしまった」

約300万人の棄兵

 研究者として同席した北村准教授も実は、日中戦争に従軍した帰還兵を祖父に持つ、当事者だ。祖父は毎晩酒を浴びるように飲み、大言壮語を吐いて暴れた。「過度な飲酒は中国人虐殺の経験と無縁ではなかったのではないか」

 日本でほとんど言語化、社会化、問題化されていない孫世代の経験について、会見では「少なくとも1970年代生まれぐらいの世代にとって、いまだ顕在化していない切実な問題といえるのではないか」と実感を持って述べた。自身の父もまた祖父と同じように子や妻に対して暴力をふるうようになったことから、日常的に体罰を受けた。

「兵隊の心は戦後も宙に浮いたように現実と乖離した」アルコールに依存した父について話す森倉三男さん(68・右)

 米軍資料にあるベトナム戦争等の帰還兵の統計を参考にした試算では、復員日本兵の約300万人に何らかの形で精神神経性疾患を発症した可能性がある。元兵士と家族が負った心の傷、生活の困難ほかを国の責任において調査し、補償するべきだ。

 アクチュアルな課題と関連づけて深めるべき考察もあろう。急迫不正の主権侵害を仮定した議論とその文脈で自衛隊活用を認める向きが左派の中にもあるが、銃をとる職業なしに作戦は遂行できない。国家の命令で人を殺して心壊れた労働者を棄民のように扱ってきた事実を知る論客がどれほどいるのか、わたしたちは知りたい。

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