中学校給食の争点 核心は「みんなで食べる」

中学校給食の争点 核心は「みんなで食べる」

 今年1月28日の定例記者会見で「公約は市民との大切な約束。中学校給食も含め、一つひとつしっかりと前に進めていきたい」と全員制の学校給食実現に前向きな姿勢を見せていた山中竹春市長。同じ会見の中では「任期の中で、いかに市民との約束を果たすかという視点が重要」だとも述べていました。中期計画(素案)には、困難な中でも〝何としてでも「みんなで食べる中学校給食」を実現する〟という思いが込められているように読めます。

 8月30日、横浜市中期計画(2022―2025)の素案が公表されました。「政策5 子ども一人ひとりを大切にした教育の推進」の中には「すべての生徒が満足できる中学校給食の実現」が書き込まれました。「中学校給食の利用を原則とし(アレルギーへの対応などによる家庭弁当の選択も可)、デリバリー方式による供給体制の確保と生徒に満足してもらえる給食の提供に向けた準備を進め」るとする方向性が示されています。山中竹春市長が先の選挙公約で重点政策に掲げていた「中学校給食は選択制をやめて全員が食べる方式(全員喫食)に」するというものに、大きく近づいた格好です。

前市長の倒錯

 遡ること2014年12月、横浜市教育委員会は「横浜らしい中学校昼食のあり方」をまとめました。「家庭弁当」を基本としつつ、事前予約による「ハマ弁(横浜型配達弁当)」のどちらも選択できる環境を整え、当日注文できる「業者弁当」で補完することで、中学校昼食の更なる充実に取り組むというものでした。

 給食に背を向けることが「横浜らしい」のだという倒錯を生んだのは、当時の林文子市長の政治姿勢だったのでしょうか。

 2016年7月から一部の中学校で「ハマ弁」がスタートしましたが、喫食率(注文率)は1・1%(2016年7月1日から13日まで)と低迷。2017年1月からすべての中学校で実施を開始したものの、喫食率は7%と当初見込みの30%には依然届かないものでした。

 2020年3月、横浜市教育委員会は▼栄養バランスのとれたハマ弁の利用を促進し、家庭弁当や業者弁当等も選べる選択制とし、食育の推進を図る▼ハマ弁のさらなる改善を図り、2021年度からの実施も視野に、できるだけ早期に学校給食法上の給食に位置付けることを目指すとした「令和3年度以降の中学校昼食の方向性」 をまとめました。

 こうして「学校給食法上の給食」に位置付けられた「ハマ弁」に改良を加えた選択制デリバリー方式の中学校給食が始まったものの、依然、「みんなで食べる」給食には遠いままでした(小中一貫校の西金沢学園、緑園学園の2校を除く)。

新市長で転換

 山中市長の就任によって横浜市の中学校給食は、大きな転換を迎えます。

 2021年9月10日、当選後初の議会での所信表明演説で山中市長は「中学校給食の全員実施に向けて、取り組みを進めてまいります」と表明。長年の市民要求だった全員制の中学校給食実現へ向けて真摯に取り組む横浜市長の姿を市民が見たのはこれが初めてでした。

 同時にここまで市長に反発する自民党と公明党の市会議員の姿を見たのも長らくないことでした。まるで市民が選んだ市長の交代を受け入れないとばかりの態度で「長い期間議論し結論をみたのが現状であり積み重ねた議論を軽視するな」、「行政の継続性を歪めるな」。

 このように言う野党(自民・公明)が多数を占める市会との対話の困難さから、2021年12月10日の第4回定例会で山中市長は「より多くの生徒に給食を届けることを目指したい」と発言を後退させる、いっとき慎重な姿勢をとりました。

 けれども市民生活と市民との約束とが、市長にとっての拠り所であることは変わっていません。今年1月28日の定例記者会見で「公約は市民との大切な約束。中学校給食も含め、一つひとつしっかりと前に進めていきたい」と述べていました。

9月30日の中学校給食の献立
鶏肉のクリーム煮/にんじんとツナのソテー/バジルフライドポテト/パインのシロップ漬け/トマトと押麦のスープ(写真は横浜市中学校給食サイトより)

出発は救貧策

 「全員制の中学校給食」がなぜ必要なのか。

 藤原辰史・京都大学准教授の説明を聞いたことがあります。貧困対策として始まった世界の給食の歴史にも触れた基調講演。横浜市従業員労働組合が事務局を担う「横浜学校給食をよくする会」が「横浜でも全員制の中学校給食が『いいね!』の会」と共同で取り組む署名のスタート集会(本紙2022年6月1日号、6月15日号に掲載)でのことです。

 給食の設計において、重要な観点は何か? 栄養学者・佐伯矩(さいきただす)の文部省に対する「学校給食に関する意見書」(1932)には、「欠食児童のみに対する給食は児童に対し精神的に好ましからざる影響を与うるが故に、全校児童に給食を行い、その有料給食中に欠食児童を包含せしむるを最上とす」と書いてあります。「お前は貧しいから給食を食べているんだ」と、いじめられることがないようにすることが重要だということです。現在の問題と見事に重なっています。

 「就学援助」や「生活保護の教育扶助」を利用する世帯の子どもたちにとって食の保障になるはずの給食。選択制であるために「食べることが恥」の経験になって心を傷つけるという指摘です。

 いま、デリバリー給食に対する批判が先行するあまり、「全員制にストップをかけてでも」「学校調理方式のできるところから全員制をはじめるべきだ」「何年かかけて学校調理方式で整備する方向に変えるべき」という主張が社会運動体内に散見されます。

 自校調理方式や近隣小学校で調理して中学へ運ぶ親子方式を絶対視する一部の声は、藤原准教授が説いたような最も重要な「命題」と、他の論点とを混同するものです。全員制給食の価値や倫理が本質的に理解されることを願ってやみません。

こどもの権利

 貧困と学校給食を切り離して語ることはできません。給食のもっとも大切な役割は、「子どもの貧困」に手当てする「みんなで食べる食事」であることです。
 選択制給食では、自らが申請(注文)して支援を受けるため、躊躇や後ろめたさが伴うことに加え、少数派である(目立ちやすい)という福祉制度の欠陥が内在します。

 「困っている人のための制度」には、「本当に困っている人」の助けにならなかった歴史と現在があります。様々な社会保障・福祉制度をひとつずつ追うまでもなく、困ったときに使う制度にはスティグマが付きまとうため、「利用したい」との声をあげられる市民ばかりでないことは、わたしたちが誰しも業務において実感しているでしょう。

 今まさに「みんなで食べる中学校給食」を、市長と一緒に実現するときです。

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