【第225山】宝剣岳2931メートル(長野県)山の夫婦春秋

 中央アルプス千畳敷といえば、長野県伊那地方の観光の目玉だ。日本最長の高度差950mを誇る駒ヶ岳ロープウェイが、これまた索道終点の最高レコードを持つ標高2612mまで、あまたの観光客を一気に運ぶ。終点の千畳敷カールは、氷河時代に氷河によって鍋状に削り取られた地形である。鍋の底に降り立つと、ぐるりと岩峰が取り巻く壮絶な光景が展開、一方の反対側は広大な伊那谷平野の背後にズラリと南アルプスが居並び壮観この上ない。対照的な一流の山岳風景がいっぺんに楽しめてしまう。お蔭で当地は、わが国有数のお気軽山岳景観ポイントになっている。

 ところでロープウェイ名の「駒ヶ岳」は、カール底からは見えない。ここの景観の主役は宝剣岳だ。宝石が累々と積み重なって剣を成したような、まさに名は体を表している。とても素人には登れそうに見えないのだが、尾根上に山道が付いていて、そこそこ山慣れた人なら鎖などを頼りつつ、比較的容易に山頂に立てる。

 山頂は狭く、もちろん展望は絶品。中でも、眼下の千畳敷カールとロープウェイ駅が箱庭のようで楽しい。通常は往路を戻るのだが、さらに南側へと稜線をたどると、突き出す岩やせり出す岩の間を縫うように、スリル満点のルートが続く。

南側から見る宝剣岳、左後方が木曽駒ケ岳

 さて宝剣岳、惜しむらくはもう少し背が欲しかったか。あと僅か30m程高ければ、お隣の木曽駒ケ岳(ロープウェイの名づけ元)を抜いて、中央アルプスのトップに君臨できたのである。もちろん、駒ケ岳は古くから尊崇されてきた霊峰でもあり、山脈の盟主に位置づけられているのだが、山姿があまりにも大人しい。巨大な笊を伏せたような、緩やかで穏やかな山容をしているのである。鋭く天を衝く宝剣岳とは対照的だ。宝剣岳こそ山脈の盟主である、と主張する人は少なくないだろう。

 それなら、いっそ両山を夫婦に見立てると納まりがいいかも。山上まで登らない人でも、眼前の目立ちたがりの聞かん坊亭主(宝剣)の陰に、大らかで控えめな奥さん(駒)がいることを思い浮かべて、山岳模様の奥行に思いを馳せては如何だろうか。

◆おすすめコース
 千畳敷─木曽駒ケ岳─宝剣岳─極楽平─千畳敷(約4時間:中級向け)
※宝剣岳へはヘルメット着用が望ましい。木曽駒ケ岳だけなら初級向け。
◆参考地図・ガイド ◎昭文社:山と高原地図41「木曽駒・空木岳」