「横浜IRの誘致に係る取組の振り返り」を読み解く(上)

 先月、横浜市はIRカジノの誘致決定に至る市の意思決定の経過や検討内容等を報告書にまとめた。「これまで積み上げてきた検討・準備を無駄にしないよう…市の意思決定の経過や検討内容等を改めて振り返るとともに、それらを庁内及び市民にフィードバックするため、本報告書を作成」(「はじめに」より)したという。

市民と市の間に生じたものは〝齟齬〟なのか

 これまで「カジノを問う」「検証IR」という2つの連載を中心に、国と市、IRカジノ関連資本が住民自治を蔑ろにし、誘致を一方的に押し付ける姿勢を批判した。そして、理不尽がまかり通る根源には何があるのかということを明らかにしようと努めてきた。

 「検証IR」の最終回(2021年10月1日号)では、2016年の米国大統領選挙から始まり、住民投票実現へ向けた労働者・市民の共同の運動を経て、新市長を誕生させIR誘致を撤回するまでの一連の流れを総括した。

 一方、今年2月に横浜市が示した「横浜IRの誘致に係る取組の振り返り(案)中間報告」(以下、中間報告)の中身は、単に国と横浜市の手続きと、都度発表した資料を時系列で並べただけのものだった。反対世論の中でIR誘致計画が強行された経緯を説明するとともに、住民自治を無視した行政運営を反省し、二度と同様の事態が発生しないよう対策を最終報告に求める市民の声が寄せられたのは、当然のことだ。

フィードバック?

 その上で今年9月に発表されたのが、最終報告の「横浜IRの誘致に係る取組の振り返り」(以下、「振り返り」)である。結論から言うと、前述のような市民の指摘は一切反映されていない。中間報告に「外部有識者による考察」を加えただけのものである。これは「庁内及び市民にフィードバック」できるようなものではない。

 とはいえ、住民自治を無視して一方的に政策を強行したことに対する無反省が透けて見える報告書であることから、林市政から変わらない幹部職員の視点や考えを知ることができるかもしれないし、「外部有識者による考察」は経済的影響の試算や誘致を決定するまでの手続きを肯定的・否定的に捉える双方の視点が含まれ、多面的にIR誘致問題を捉えられる貴重な資料といえる。

前のめり

 過去にも書いてきたように、日本におけるカジノ誘致議論の始まりは、1999年に東京都知事となった石原慎太郎氏が打ち出した「お台場カジノ構想」に遡る。

 「振り返り」も同様の認識であり、2000年からは横浜市会においても議論が始まり、2009年から2011年にかけて都心部活性化特別委員会では調査・研究が行なわれてきたとする。この時点では「全国初となる特区を活用した外国人専用カジノ」を想定していた。その後も検討調査を進め、2012年の第2回市会定例会の中で前市長・林文子氏が「カジノにつきましては、経済効果や税収効果などが大いに期待でき…引き続き議論を尽くして」いくと答弁し、引き続き誘致に向けた市の姿勢を示したとしている。2013年には横浜商工会議所からIRカジノ推進を含む「要望書」が市に提出され、国でも自民党と民主党(当時)、維新の会などが中心となりカジノ合法化の動きがあったことから、2014年の第1回市会定例会において前市長が「IR、統合型リゾートという手法を検討する調査費を計上」したと答弁した。

 「振り返り」では2019年8月に前市長が誘致表明するまでは「IRを導入する・しないについての判断をしておらず、国の動向を見極めながら導入に向けた検討を進めて」いたことにしているが、時系列で資料を並べているため、明らかに国のIR誘致の動きと並走する形で市が計画を進めているばかりか、国の議論が進まぬうちから、前市長の率いる林市政は相当程度に前のめりであったことがわかる。

「白紙」発言

 ところで、2016年にはIRカジノ推進勢力にとって重要な局面があった。米カジノ企業の会長をスポンサーに持つトランプ氏が米国大統領に当選し、直後に当時の首相・安倍晋三氏がニューヨークのトランプタワーで会談したことだ。その翌月には国会で具体的な規制などは二の次にカジノ誘致を合法化するIR推進法が強行成立する。すでに本紙には書いているこの会談について、「振り返り」には記載がない。

2020年1月に開催された統合型リゾート産業展の出展社が提供したパフォーマンスの衣装は、女性のみが過度に肌を露出するものだった。
※パフォーマーの権利保護のため、写真に加工を加えています

 ちなみに2016年には、自身が市会答弁で認めているとおり、複数回にわたって平原敏英副市長が市内の料亭でIR事業者から接待を受けている。これも「振り返り」には記載されていない。

上の写真と同じ産業展で平原敏英副市長「家族で楽しめる統合型アミューズメントリゾートを目指したい」

 他方、2017年6月の定例記者会見における前市長の「白紙」発言については、わざわざ次のように言い訳じみた記載がある。「この表現はメディアで大きく取り上げられることになり、『白紙』=IR中止、と認識した市民も相当数いたと予想され…市と市民との間に齟齬が生じた」

 これまでの推進姿勢を隠して「白紙」と言って再選した林文子氏に対して、市民の批判は日増しに大きくなっていった。このことについて「振り返り」の記述は、市民の理解力不足と言わんばかりだ。この「振り返り」を市民は公正な総括と認めるだろうか。

「横浜IRの誘致に係る取組の振り返り」を読み解く(下)