「文化的な生活」程遠く 生活保護担当・元職員の話

 生活保護基準引き下げの違法・違憲を争う訴訟は、全国29地域で提起され、「いのちのとりで裁判」と呼ばれる。生活保護担当職員(地区担当員10年、査察指導員5年)を経験したことのある社会福祉士に聞いた。

苦悩にじませ説明するケースワーカーも

 それまでもけっして十分ではなかった生活保護費の引き下げに不服を申し立てることは、ケースワーカーら職員から見ても「そうだよね、大変な暮らしだものね」と感じられることだったかと思います。

 厚労省が「生活保護基準の新たな検証手法の開発等に関する検討会」に提出した資料によっても、生活保護世帯は低所得層(第1・十分位=所得の下位10%)に比べて、教養娯楽費や交際費が著しく少ないことが明らかで(※)、無理筋の保護基準引き下げは「健康で文化的な」生活を営むことを極めて困難にしました。

 この「検討会」で委員は、「一般世帯と比べて剥奪指数が高い費目を見ると、冠婚葬祭や下着の購入が生活保護費で賄われていないものと解釈すべきである」、「冠婚葬祭への出席について、特に高齢世帯では機会も増えることが考えられ、出席できないことが人間関係を維持できないことにつながるという意味で、辛い状況であることが推測できる」等、厳しい生活ぶりを指摘しています。

 保護基準を争う各地の裁判の原告陳述では、食事の回数を減らす、真冬でも風呂は湯船にためずシャワーだけで済ます、友人が亡くなっても香典を包めないので知らなかったふりをしている、孫にお年玉をあげられず悲しい、ワーカーから家電製品が壊れた時に備えて貯金しておくように言われるがそんな余裕は全くない等の声が聞かれました。

 最近も、京都の原告である森絹子さんは控訴審(大阪高裁)で「多くの人が何気なくしていることが全くできません。食べるため・命をつなぐためにお金を使ったら、もう手元には残りません」と証言しました。死なずに生きているだけ、これで本当に良いのでしょうか。

 あるケースワーカーは、保護開始を決定した際に「これから生活保護を利用できるようになりました。でも、安心しないでください。たったこれだけしか支給されません」と説明しているそうです。

背景にあるのは権力の集中

 生活扶助相当CPIという独自計算を考え付いた厚生労働省職員は、単に政権党に忖度したのではなく、厚生労働大臣から、当時の自民党の衆院選の公約(保護基準を1割引き下げる)に沿う形にせよ、つじつまを合わせるよう知恵を絞れ、と命じられたのではないでしょうか。もちろん、全体の奉仕者として、自らの良心に反するような統計の偽装などは、すべきではなく、統計偽装は許されないのは当然です。しかし、実際には上司の命令に逆らうことはなかなかできにくいのでは、と思います。

 最近の自公政権は自らに権力を集中させ、公文書を改ざん・廃棄させるなど国家公務員を従わせてきました。命令に反すると左遷され、隠蔽や文書改ざんをするとどんどん昇進していくのでは、公務労働者としてのモチベーションが保てません。

初心つらぬく自問自答を

 ところで、憲法を擁護することを宣誓して公務労働者となったみなさんの初心は「住民のためになりたい。住民に喜ばれる良い仕事をしたい」というものだったかと思います。それが今も貫かれているでしょうか。

 実際に、生活保護に関する行政不服審査請求で上級庁が当該処分の取り消しを命じることは少なくありません。裁判になった場合に原告勝訴となる割合も、他の行政訴訟と比較してはるかに高いのです。つまり、処分庁である福祉事務所長の判断に多くの誤りがあるということです。現場で感情的に反発したくなる思いも理解できなくはありません。ですが、法的に通用しない間違った運用(ローカルルール)を冷静に省みることも必要でしょう。

 生活困窮者に寄り添う支援ができているでしょうか。できにくい環境があるとすれば、それを変える努力をしているでしょうか。自問自答しながらの日々であることを願っています。

※ 2019年9月30日の第3回検討会に厚労省が提供した資料によると、1か月当たりの支出額が、教養娯楽サービスは生活保護世帯2060円(1.9%)、第1・十分位5158円(4.6%)。交際費は生活保護世帯1578円(1.4%)、第1・十分位7973円(7.1%)。( )内は家計支出に占める割合。