2020年10月8日(木曜日)[ 登りたいのは山々 ]

【第180山】 至仏山(しぶつざん)2228メートル(栃木県・群馬県)「上り専用、下りは禁止」

 登山道の中には希に一方通行の道がある。槍ヶ岳の穂先に登るルートの一部や、カニの縦這い・横這いで上り下りを分ける剱岳などがその例だが、距離的には短い。ところが標高差800m、コースタイム(所要歩行時間)にして2時間以上の長大なルートが、そっくり一方通行になっている所がある。しかもハイカーに人気の重要コース、それが至仏山から尾瀬ヶ原へ下るルートなのである。

 至仏山は展望のピークとしても知られ、眼下に尾瀬ヶ原が広がり背後を燧ヶ岳が締める、出来過ぎな程の大パノラマに圧倒される。この展望に接すれば、いやが上にも尾瀬ヶ原へ下りたくなるのが人情。空中滑降するような感覚で、尾瀬の大湿原に飛び込んでいく……などという豪快な山歩(さんぽ)を楽しめたのは20年ほど前まで。今、このルートは上り専用で、下る事は禁止されている。いったいなぜ?

 至仏山を構成するのは蛇紋岩(じゃもんがん)という特殊な岩石。地中深くマグマ内の岩石が変質したもので、固く固結して表面がつるつる、こいつが路面に露出していると実に良く滑る。かてての至仏山からの下りで、一度も滑り転ばない人は相当な達人とされた。一方、大多数の人は転びまくり、それが嫌さについつい登山道脇に踏み込む。結果として山が荒れる。山の植生を守るために、滑りやすい下りの歩行が禁じられたのである。

 至仏山は、標高の割に抜けの良い高山的風貌を帯びる。それも蛇紋岩のなせる業で、マグネシウムを多く含むため植物の生育には適さず、森林限界が低くなっているからだ。さらにはここにしか生えない希少な植物が多く、高山の花好きには堪えられない。では、過酷な地に耐えて生きる彼らは、生命体として強い種なのだろうか?

 真相はその逆で弱い植物ばかり。通常の土壌では他種に負けてしまうが、たまたまここの土質に適性があったので、ライバル不在のエリアで生育を広げることができたのだ。いわば蛇紋岩は弱者に寄り添う岩。一方で強者である人間(登山者)には厳しい。蛇紋岩、ひいては至仏山は、弱きを助け強きをくじく、心優しき力持ちとしておこう。

◆おすすめコース
鳩待峠─山ノ鼻─至仏山─小至仏山─鳩待峠(6時間:中級向け)
※もちろん尾瀬周辺の山小屋に泊まれればベストだ。

「尾瀬ヶ原からの至仏山」上の写真をクリックすると別のタブで大きく表示します。

◆参考地図・ガイド ◎昭文社:山と高原地図14「尾瀬」

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